養殖にはさまざまな手法がありますが、天然資源の維持・増加に最も効果的とされているのが「完全養殖」です。SDGs、サスティナビリティが注目されている昨今、お取り寄せの食材としてはもちろん、新しくチャレンジする産業としても非常に注目されています。今回は、完全養殖と他の養殖方法との違いやメリットとデメリット、今後の課題や実際に購入し食べる方法まで、わかりやすく解説します。
完全養殖とは?養殖や畜養との違いやメリットとは?
「養殖」とは、従来は以下で説明する養殖、または畜養を指す言葉でした。
- 養殖
- 自然界から漁獲して親魚を育て、親魚が生んだ卵を人工ふ化させ出荷可能なサイズまで人の管理下で魚介類を育てること
- 畜養
- 稚魚、または出荷に適さない小さい、痩せた魚を自然界から漁獲して生け簀に移し、エサを与え太らせてから出荷すること
完全養殖とは、養殖して人工孵化から稚魚、成魚へと育てた魚を親魚とし、卵を産ませて再び養殖し出荷することを言います。親魚、卵、稚魚のいずれも自然界から漁獲せず、生産のサイクルが養殖場だけで完結している点において、従来型の養殖・畜養とは大きく異なります。
完全養殖で魚を養殖生産することのメリットとしては、以下が挙げられるでしょう。
- 完全養殖のメリット
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- 卵や稚魚の捕獲が一切不要のため、天然資源を減らさず養殖できる
- 卵から成魚になるまで人工飼育するため、生産に関する履歴や記録が確認できる
- 計画的に、安定した質と量で生産できるため、漁業者の利益確保に役立つ
- エサの内容や与えるタイミングを工夫することで、肉質や香りをコントロールできる
- 国内での食料自給率を上げ、海外からの輸入食材に頼る割合を減らせる
完全養殖の実例と養殖のサイクル|クロマグロ
近年の実例としては、クロマグロの完全養殖成功が挙げられます。完全養殖クロマグロの養殖のサイクルは、以下の通りです。
- クロマグロ完全養殖のサイクル
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- 天然マグロを親魚とし、人工孵化させ育てた成魚を育てる
- 人工孵化から養殖させた成魚が親魚になったら、受精卵を採取し人工孵化させる
- 孵化させた幼生を稚魚になるまで育てた後、より大きな生け簀に移して育てていく
- 成魚と呼べるサイズまで大きくなったら出荷する
- 成魚のうち状態の良い個体を選別し、親魚として育て受精卵を採取する
- 以降、ここまでのサイクルを繰り返すことでマグロの完全養殖のサイクルができる
「JAS 0005」は完全養殖水産品を表す規格!
2019年1月、完全養殖の水産養殖産品について新たなJAS規格「JAS0005」が設けられました。JAS0005とは、認定を受けた水産品が天然稚魚を捕獲せず「完全養殖」あること、かつ、労働者へ適切な配慮をする事業者が作った水産養殖産品(人工種苗、養殖魚、加工品)であることを消費者に知らせるためのものです。
JAS0005の規格の内容を簡単にまとめると、以下のようになります。
- JAS0005の概要
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- 与えるエサの量、薬剤耐性、抗菌材使用の低減、定期的な水質検査など環境への影響低減のための配慮を行っている
- 養殖中の魚の生け簀外への逃亡、侵入防止措置を適切にとっている
- 安全衛生の維持、児童強制労働や差別の禁止など、養殖生産にかかわる労働者への配慮も適切にされている
JAS0005の設定による事業者への影響としては、水産品の質についての説明力・証明力の向上、市場拡大や新規参入、コストダウンがしやすくなるなどのメリットがあります。
一方で、完全養殖の方法が規定に沿ったものかを公開する必要があるため、自社の設備や技術をある程度他社へオープンにしなければならないというデメリットがあることは否定できません。
しかし、事業者は、完全養殖実現のための具体的なノウハウ、核心の技術を戦略的に秘匿したままJAS0005認定を受けることも可能ではあります。この戦略は、事業者にとって大切な技術は隠したまま、流通や水産品販売の関係者、一般消費者に対し自社の完全養殖製品をアピールする有効な手段だといえるでしょう。
マグロやブリ、ウナギも!完全養殖に成功している魚種
2021年3月現在、完全養殖に成功している魚介類の種類には以下が挙げられます。
また近年、完全養殖に成功した魚を地域のブランド品として位置づけ、積極的にPRする企業や自治体も増えてきています。
以下に、各地でブランド化された養殖魚介類の名称、種類、産地をまとめていますので、あわせて確認してください。
完全養殖のブランド魚の種類、産地、名称
トラフグ
- 飛騨とらふぐ|岐阜県飛騨市
ギンザケ
- 伊達のぎん|宮城県の女川湾、雄勝湾、志津川湾
クエ
- 御前崎クエ|静岡県御前崎市
チョウザメ
- チョウザメ奥飛騨キャビア|岐阜県高山市
- 小林チョウザメ|宮崎県小林市
クロマグロ
- 近大マグロ|長崎県五島市、和歌山県串本町、鹿児島県瀬戸内町など
- BLUE CREST|マルハニチロの完全養殖クロマグロブランド。鹿児島、大分、和歌山など
ヒラメ
- かぼすヒラメ|大分県津久見市
アワビ
- 蝦夷鮑(エゾアワビ)|北海道福島町など
クルマエビ
- 久米島の車海老|沖縄県久米島
技術向上やコスト削減など完全養殖が抱える課題
完全養殖は、環境にやさしく、事業者向けの新しいJAS規格も設けられたことから商業として順調に発展しているように見えるかもしれません。しかし、完全養殖を推進していくためには、以下で説明する解決すべき課題もいくつか抱えています。
- 完全養殖が抱える現状の課題
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- 完全養殖で作りだす種苗(卵や赤ちゃん)の品質や価格に大きなばらつきがある
- 商業化を成功させるには、人工種苗の品質を安定させ、生育法を確立しなければならない
- 与えすぎたエサが溶けだすことによる環境への影響が懸念されているため、エサが余らないよう給仕の量と方法を適正化する必要がある
- 世界へアピールするには、国家レベルで構築した戦略に基づいて日本の完全養殖魚をブランド化し、他の水産品と差別化する必要がある
ウナギの完全養殖が抱える問題
2014年に絶滅危惧種に指定されたウナギを例に、完全養殖が抱える課題を考えてみましょう。
土用の丑の日など特定のシーズンに需要が高まるウナギですが、日本のスーパーや飲食店に流通するウナギの99%は養殖ものです。ウナギの養殖方法の主流は、天然稚魚を漁獲し育てて出荷する「畜養」です。
日本市場からの需要が高く高値で取引されることなど、産業的に大きな期待がかけられていたことから、早期段階で人工種苗の研究が行われてきましたが、なかなか成功に至りませんでした。
1976年からウナギの人工種苗の研究開発を開始した近畿大学水産研究所は、1984年と1998年には採卵と人工孵化に成功します。しかし、ウナギの稚魚のエサがわからないことから、ウナギを稚魚から成魚に育成することができずにいました。しかし、あきらめることなく一時中断を経ながらも研究を続けた結果、2019年に日本ウナギの人工孵化と飼育に成功し、完全養殖への大きな一歩を踏み出したのです。
しかし、人工孵化と成魚への飼育に成功した段階でも、ウナギの完全養殖成功と商業化には、以下のような複数の壁が立ちはだかることになり、ウナギの完全養殖の実現を難しいものとしています。
- ウナギの完全養殖の実現を阻む壁
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- 稚魚から成魚、さらに親魚まで育て採卵するには最短3年かかる
- 親魚から食用として出荷できるサイズに育てるには、さらに1年の計4年かかる
- 稚魚までで死んでしまう可能性、必要な人件費を考えるとコスト面の問題が大きい
- 商品とはいえ生き物の飼育なので、病気や遺伝的問題などへの懸念もある
- 上記の理由から、「技術的な完全養殖」に成功したとしても「量産化、商業化においての完全養殖」へのハードルが高い
近畿大学水産研究所のウナギ養殖の技術と設備をもってしても、養殖ウナギが一般市場に流通するまでには、2019年時点で3~4年の時間が必要とされています。このウナギ養殖のエピソードから、魚を完全養殖のサイクルにのせること、また商業化できるほど大量生産し、販路を確保することがいかに難しいかが推測できます。
関連記事:養殖ウナギはおいしくて安全性も高い!天然ウナギとの見分け方や有名鰻どころを紹介
近畿大学・マルハニチロの完全養殖マグロをお店や通販で堪能できる
最後に、世界に先駆けて完全養殖に成功した近畿大学、マルハニチロ株式会社の養殖マグロを食べる方法を紹介します。
近大マグロ|近畿大学の完全養殖クロマグロ
近畿大学が親魚からの採卵、人工孵化、稚魚までの育成を行い、その後全国の養殖場で育てられたクロマグロは、JR東京駅上のグランスタ東京をはじめ、銀座、グランスタ大阪で食べることができます。
世界初の完全養殖品として話題をさらい、プロの手でおいしく調理された近大生まれのクロマグロをぜひ味わってみてください。
長崎県五島列島産 完全養殖クロマグロ|長崎五島列島
長崎県は、マグロの養殖に有利な条件が揃っていることから2002年以降生産量が増加しており、畜養によるマグロ養殖に関しては全国トップを誇る県です。このことから、長崎県を挙げてマグロ養殖の発展に力を注いでおり、2020年にマグロの産卵時期を早めることに成功したと発表しています。
五島列島のある五島市では、マグロ養殖基地化を目指して推進会議を開催し、産地直送の完全養殖のクロマグロを通販でお取り寄せすることが可能です。完全養殖のクロマグロは、通販でのお取り寄せすることが難しく、なかなか手に入らなかったので、注目を集めています。
マルハニチロの完全養殖本マグロ
対してマルハニチロの完全養殖ホンマグロは、同社が運営する通販サイトで購入可能です。
「BLUE CREST」と名付けられたマルハニチロの養殖本マグロ(クロマグロ)は、奄美大島をはじめ全国5カ所に設置された大型の生け簀で、のびのびと育てられたものです。ストレスのない環境が作り出す、とろけるような食感と濃厚なうま味が魅力的な逸品です。
カット済みで、さまざまな部位が詰め合わせになったお刺身の冷凍パックを購入できるので、購入できる機会があるときはぜひ食べ比べてみましょう。
▼ BLUE CREST マルハニチロ完全養殖本マグロ
※現在は、マルハニチロのHPでは販売を停止していますが、通販サイトなどで入手可能です。
おわりに:環境にやさしい完全養殖だが、技術面・コスト面での課題も多い
養殖した親から採種した卵から人工孵化させ、幼生から稚魚、成魚、親魚まで代々育てて出荷していく養殖手法を、完全養殖と言います。天然資源を減らすことなく食料需要を満たせる建設的な養殖手法として注目を集めていますが、すべての養殖対象の魚にできるわけではありません。今度ますますの技術発展が期待される分野ですので、既に市場への流通が始まっている完全養殖のマグロなどを食べて、事業者を応援しましょう。
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