IT技術の発達により、近年ではスマホやパソコン以外にもさまざまなものをネットワーク上でつなぎ、活用できるようになってきました。
その波は、水産業界にも及びつつあります。今回はIoTがこれからの養殖・水産漁業へ及ぼす影響を、具体的な事例と一緒に見ていきましょう。
IoTを活用した「スマート水産業・漁業」の可能性って?
従来、水産業や漁業は従事者の経験からくる見込み、勘に頼って行われてきました。このため人によって漁の成果や、出荷できる魚の品質にばらつきが出やすかったり、天候など自然現象の影響を受けやすいという難点があったのです。
しかし、2018年に水産庁が「スマート漁業」の実現に向けたIoT技術の推進を開始したことで、過去のデータやGPS情報など、これまで使われて来なかった情報やIT機器を駆使して、漁業の効率化や省力化を実現する動きが加速しています。
IoTという言葉の意味、IoTが可能にすることについては、企業、自治体などで見識・見解が違うこともありますが、おおまかな意味としては以下のようになります。
IoT(アイオーティー)
「Internet of Things」の略で、日本語では「モノのインターネット」と訳されます。従来、インターネットで接続されていなかった以下のものをネットワークでつなぎ、サーバーやクラウドに接続することで相互に情報交換をする仕組みのことです。
- IoTで接続できるものの例
- スマホ、パソコン、電子機器、センサー機器、駆動装置、住宅、家電製品、車 など
生活や仕事で使うものがネットワークで直接つながることにより、これまで有効活用できていなかったデータの収集と分析、またデータを活用したサービス向上が可能になりました。
- IoTで可能になることの例
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- 遠く離れた場所にある機器を、モバイル機器を使用しコントロールする
- 離れた場所の環境や動向、位置情報などの把握と管理
- 離れた場所から集めた情報を分析、処理し、移動地点や異常の予測を立てる
漁業にIoT技術を活用する具体例としては、過去の漁獲データを活用したより正確な漁場予測や、遠隔操作やドローンによる養殖魚への給餌などが挙げられるでしょう。
スマート農業
水産・漁業と同様に、農業分野でもスマート化は推進されています。日本の農林水産省がめざすスマート農業とは、ロボット技術やICT技術を活用して農業を省力化、精密化、高品質生産を実現することであり、以下がスマート農業の例として挙げられます。
- スマート農業の例
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- ドローンや自動走行機を利用した作業代行
- 自動操縦できる納期ロボットの導入による自動化、省力化
- 画像やセンサーで集めた田畑の情報をビッグデータとして解析し、精密農業を行う
- 農業に関する技術やノウハウをシステム化し、新規就農者に提供する
- IoTにより消費者のニーズを把握し、正確な需要予測のもと生産と販売を行う など
スマート農業が実現すれば、需要に基づく正確な栽培計画の立案と、過去のデータに基づくノウハウの共有、農業従事者への作業の軽減が可能になります。
漁業にインターネットテクノロジーを取り入れるメリット
スマート漁業により、漁業従事者が得られるメリットとしては、以下が挙げられます。
- データ分析で漁場や最適な飼料がわかるようになり、作業も自動で行える部分が増えて身体的負担が減る
- 漁獲量の調整が簡単になり、資源の管理や漁獲量の安定化につながる
- 資金や人材、時間など漁業にかかるコストを削減し、より効率的に生産と販売ができるようになる
- スキルの体系化、共有が進み、新規参入も促進され人手不足が解消される
- 漁業に従事する人が増えることにより、地方の雇用と経済の活性化に役立つ
- 遠隔地にいても、漁業や養殖業に参加できるようになる
IoTで養殖漁業がこんな風に変わっていく!
漁業のスマート化が、特に養殖業界に与えるメリットの具体的な事例として、水産庁が2021年度までに10カ所以上の養殖海域での実施・普及をめざす「観測ブイのスマート化」について見ていきましょう。
近年、海中の生け簀とともに浮かんだ状態で養殖場、および養殖する魚介類の情報を記録・収集し、役立てる観測ブイのIoT化が進められています。
IoT化された観測ブイでできること
- 水の温度や塩分濃度、濁度、養殖魚のサイズの画像撮影
- 多地点のブイで情報を共有し、データベースを構築して養殖業者のスマホへ送信
- 過去の記録と照合し、急激な潮位の変化や赤潮のリスクを予測し養殖業者へ通知する
- 生育状態に合わせ、過去のデータから導き出した最適な給餌パターンをプログラム化
- プログラムを若手の養殖業者にも共有し、自動給餌システムとして提供
- ネットワークを通じ、養殖業者が養殖場にいなくても遠隔で作業・管理ができる
- 養殖する魚介類の生育状態を把握し、最適な出荷時期を提案する
- これまでより少ない時間、労力で効率的に養殖業を営める
漁業をスマート化することで、これまで長年の経験がなければ予測が難しかった赤潮の発生リスクや、適切なエサの量の目算などが、どんな事業者でも簡単にできるようになるわけです。
また、観測ブイ以外にも、養殖業者の安全と健康を守るため、ゴムの張力を利用し少ない体力・筋力で作業ができるようになるパワードスーツの開発も行われています。
1つ40㎏にもなる箱を、海に浮かぶ不安定な筏の上で1日に何十回も運ぶことのある養殖業は、長い間健康リスクが大きく体力的にも大変な仕事のひとつでしたが、このような漁業や養殖業のあり方そのものを、IoTによるスマート化で変えることができる可能性を秘めているのです。
NECの人工衛星「しきさい」は養殖漁業の頼もしい味方!
ここからは、2021年3月現在に行われているスマート漁業の実例を紹介しますが、まずは2017年12月に打ち上げられ、気象観測や漁業、農業などの分野で活用されている気候変動観測衛星「しきさい」について見ていきましょう。
しきさいは、地球上の色を19の領域に分けて長期間観測・記録し、データとして集めることで聞こうメカニズムの解析に役立てようとNECが開発した衛星です。しきさいは、陸上からは見ることのできない海面の変化を見ることができるため、赤潮の様子を正確に観測できます。
- 赤潮とは
- 海面が赤く染まるほどプランクトンが異常に増殖し、酸素不足から魚を死に至らしめる自然現象
赤潮に見舞われた養殖場では、ほぼすべての魚介類が死滅し甚大な被害を及ぼします。養殖業者にとって赤潮は、死活問題に直結するほどの大問題なのです。
しきさいでの継続的な観測により、その前後の気候や潮のパターンから正確な赤潮の発生予測が可能になれば、養殖場への被害を防げるようになると期待されています。
なお、現在進行形でしきさいが漁業に活用されている例としては、青森県陸奥湾のホタテガイ養殖場での事例が挙げられます。
2010年、青森県の主要水産品である陸奥湾の養殖ホタテガイは異常な海水温の上昇により壊滅的な被害を受けました。このような自然現象による被害を防ぐべく、しきさいからのモニタリングデータが活かされています。
解像度が250と非常に高いしきさいは、画像データに損失が少ないのが特徴で、陸地と海面、養殖区域とそうでないところをしっかり区別しながらデータを観測・収集できるため、養殖区域の的確な水温や変化を知り、養殖業に役立てることができるのです。
KDDIもIoTを駆使した漁業支援と地方創生をスタート
もうひとつの実例として、電気通信事業大手のKDDIによるスマート漁業への取り組みを見ていきましょう。
KDDIは自社のIoT、5G、AIのテクノロジーを活用し地方創生することをめざす「Society5.0」という事業を2019年より行っています。
福井県小浜市、長崎県五島市の養殖業者に対し、以下のような技術を提供しているのです。
福井県小浜市のサバ養殖業者×KDDI
- 海水の温度、酸素量、塩分濃度を測定、記録する機器を導入
- 養殖場まで船を出さずとも状況を把握できるようになり、効率的な給餌管理が可能になる
- 日報をデジタル化し、養殖のノウハウの分析や共有の簡素化に貢献
▼ KDDIのスマート養殖 ICT:IoTを利用した漁業支援の取り組み|J-STAGE
長崎県五島市のマグロ養殖場×KDDI
- 基幹産業であるクロマグロの養殖にIoTやAIを活用
- 赤潮に極端に弱いクロマグロを被害から守るため、赤潮予測システムを構築
- ドローンで海水サンプルを取得し、AIで分析、その結果をリアルタイムで通知
- 赤潮発生の兆候を従来より早くキャッチし、養殖業者に届けることで貢献
▼ 五島市マグロ養殖作業者の作業効率化と安全確保を実現するICT/IoTを使った実証実験を実施|KDDI
おわりに:IoTで養殖漁業はもっと効率よく、安全なものになっていく!
体力的にきつく、自然現象に左右されて収入が安定しないことから、養殖漁業は年々就業者が減少を続ける業種のひとつです。しかし、そんなイメージも養殖漁業のスマート化により変わりつつあります。漁業や農業など、担い手不足な深刻な一次産業のスマート化は地方創生にも直結するとして注目を集めている分野ですので、これから養殖漁業がどう変わっていくのか、IoT活用の行方を興味深く見守っていきましょう。
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